2024年3月10日の女子美術大学での萩尾望都先生特別公演の模様

2024年3月10日 女子美術大学での萩尾先生の講演会が開催されました。今回はアングレーム国際漫画祭に参加された後でしたので、アングレームでのお話、また図録(カタログ)を見ながら作品のお話などをしていただきました。先生はアングレームの授賞式と同じ素敵なグリーンのお召し物でした。

まずは1月27日に受賞された「アングレーム国際漫画祭特別栄誉賞」のお祝いから始まりました。萩尾先生がアングレームで見て聞いてこられたことをお話していただき、また1月25日~3月17日にアングレーム市立美術館で開かれた「萩尾望都 ジャンルを超えて」という原画展のカタログ(B4サイズの大きいものです)を先生の解説付きで見ていこうと司会の内山先生がお話しされました。

スライドに電車の中で本を読む萩尾先生が写ります。アングレームはパリから新幹線みたいな電車で2時間半ぐらいで、あっという間だった、アングレームで質問されたらと思ってご自分の漫画読み直していたところだそうです。

次に先生のことがパリの新聞に載ったお話。パリにいる内山先生のお友達が持ってきてくださったとのことで現物を見せてくれました。記事は中の方ですが、その新聞のトップに萩尾先生の写真が入っています。「珍しいんだよ」と教えてもらったとのこと。

萩尾先生は「日本の少女マンガはフランスであんまり知られていないらしいので、これでどんどん知られるようになるといいなと思った。名前は聞いていたけれど、アングレームがどこにあるのか、何をやっているのか、ほとんど知らなかった。高橋留美子先生が賞をもらったとか、諫山創さんの「進撃の巨人」が賞をもらったとかいうことをちょこちょこ伺っていましたけど、具体的なことはよく知らなかった。」とのことです。

アングレーム国際漫画祭の様子

アングレームの街のお話

「アングレームは人口5万人ぐらい小ぶりの街で城塞都市。その街がこの1月の3日か4日だけ毎日10万人か15万人ぐらいの人が漫画祭のために集ってくる。宿泊が間に合わないので周辺の街に宿泊して、そこから帰ってくる人もいる。すごい街が賑やかで、街中歩いたのだけど、街の人も本当に親切で。漫画に浸っている、その雰囲気がとても素敵でした。」とのこと。

スライドにアングレームの街の写真が映ります。展覧会の会場入口など写っています。いろいろな作家さんの展覧会場があちこちに分かれている。萩尾先生の展示は博物館の一部のところで行われていて、たいていの展示場が古い建物の中にあるそうです。

原画展の内覧会

次の写真は原画展開始前日マスコミに向けた内覧会の模様。今回の展示を主導したザビエさんという方が萩尾先生の作品を全部読んでいて、展示している絵画の前でずっと解説を続けていく。この作品はこういう名前で、この作品はこういうテーマがあって、この時代にはこういうものを描いていました、と。コーナーごとに展示している作品が分かれている。部屋ごとにテーマがある。SFのコーナー、学生漫画のコーナーとか、非常に初期の作品のコーナーとか。萩尾先生は窓が好きで、作品の中で窓を扱っていることが多い。窓を描いた原画を集めたコーナーなんかもあった。そのコーナーの壁に、格子窓のオブジェがかかっている。こだわりと意気込みを感じた。「フランスのオタクも捨てたもんじゃない」(笑)。

萩尾望都先生のアングレーム市立美術館での原画展の模様(togetter)

アングレーム国際漫画祭の様子

AKATAの販売ブースの写真。フランスの出版社の人が「AKATA(赤田)」と日本語の名前を付けた。小さな町の出版社だけど、そこで出版して輸出している。ちょうど「レオくん」が出たところで、その写真が写っていました。
これはこちらに詳細あります。 →アングレーム国際漫画祭レポート

会場の外観の写真。昔は教会だったけれど、今は博物館になっている。民俗学的な資料がおいてある。この中のコーナーで展示されているので、会場に行くまでも恐竜の間をぬっていく感じで演出がいい。

アングレームの看板の前。市庁舎のそばに看板が出ていたので、そこで撮影した。市庁舎が昔のお城なので、歴史を感じさせる街です。

バスで回っているところの写真。狭い街なので一方通行でバスがくるくる回っているようです。裁判所などの写真を見せてくれました。

マスタークラス

次の写真はマスタークラス(講演会)のときの写真。会場は劇場になっていて舞台の上で会談してる最中の写真。萩尾先生と二人のフランス人男性がいる。作品の説明を美術館のザビエさんがしている。もう一人レオポルドさんは日本語がしゃべれるので、この人が萩尾先生への質問を翻訳して、それに萩尾先生が答える、という形。

アングレームのマスタークラスの様子
マスタークラスを見ていた方から送っていただいた写真です

控え室やサイン会、プレスカンファレンスの写真は以こちらでご覧ください。
萩尾望都先生がアングレーム国際漫画祭で特別栄誉賞を受賞(togetter)

控え室というか萩尾ブースという感じのお部屋

控え室の写真が映りました。先生の作品が大きく飾られています。控え室に様々な雑誌や新聞のインタビュアーがやってきて、その撮影をする際の演出としてAKATA社が壁紙をつくったそうです。壁紙は「ポーの一族」「バルバラ異界」です。

ラジオ番組の取材風景の写真が映りました。
萩尾先生「インタビュアーが熱心に読んでくれていました。読み終わってまたすぐに読みたいけれど、気持ちがいっぱいいっぱいで、すぐにまた読めないんですよとおっしゃって。それで私は“大丈夫ですよ。作品はどこにもいきません。いつでも読んでください。作品はいつでもあなたのそばにありますから。”と言いました。すると、少しはっとする顔をなさって安心したようでした。」
萩尾先生の作品はいつでも私たちのそばにあるっていい言葉ですね。

次に控え室でフランス語版の「バルバラ異界」を読んでいる萩尾先生の写真が映りました。
日本語でセリフを書いたものを、フランス語で書かれてるのを読んでどう思ったかという内山先生の質問に「日本語の文字は右頭から読み始めますが、横文字は必ず左頭から読まなければならない。だから、ちょっと目がクルクルするんです。それさえ我慢すれば、すぐに慣れます。また書き文字のなんかもキレイに書き直してあって、さすがすごいなと。オタクの国だなぁと思いました。」

内山先生「先生の作品の中でも文字の強い、強調するようなものもあります。そういうのもフランス語になると、大文字になってたりとか。」萩尾先生「形はほとんど変わらなくて、日本語で書かれたものをなるべく崩さないようにデザインして書いてあります。書く方は大変だったんじゃないかと。でもオタクだから大丈夫だったのかなと。」

サイン会~授賞式

サイン会の写真が映ります。萩尾先生「30名サイン会をすることになって、色紙を描いていってそれをプリントして、1枚ずつ来た人の名前と私のサインを書いて制お渡しするという企画です。希望の方は写真を撮ります。」

プレスカンファレンスの模様が映し出されました。内山先生が「またマスコミの取材が入りました。このときのはどういうことを聞かれたんですか?」との問いに萩尾先生「私の作品がフェミニズム的なものをどう思うかとか、何かそういったものだったと思います。」と回答されました。内山先生「フランスではマンガが第9番目の芸術ということで、もうアートになっていますから、皆さん興味がものすごくあったんじゃないかと思います。」萩尾先生「そして皆さん本当に日本のマンガに詳しかった。よく読んでいらっしゃいました。」

アングレーム国際漫画賞特別栄誉賞のトロフィーが写りました。「これがアングレームの猫の漫画をモデルにしたトロフィーです。尻尾あって、耳があって、でもちょっと重いものでした。20人ぐらいに差し上げるみたいです。」

カタログ(図録)

ここからアングレーム市立美術館で開催された「萩尾望都原画展~ジャンルを超えて~」のカタログ(図録)を映し出して説明をしてくださいました。

アングレーム図録表紙

「銀の三角」

図録は表紙を開いたところ(表2と1ページ目)に「銀の三角」のp41の一番下のコマが大きく引き延ばされています。内山先生はこれにびっくりしたそうです。萩尾先生の感想は「プログラムを作った人はSF好きなんだろうな」というものです。展示会のこの図録の絵の選定や文章、展示の内容も全部お任せだったそうです。萩尾先生もアングレームに行って初めて見た、とのこと。

「ポーの一族 ペニー・レイン」

次のページ(2ページ目)は「ポーの一族」「ペニー・レイン」の後ろから2ページ目のそれもその中の一部です。
萩尾先生「エドガーがアランの目覚めを待って、暖炉の前で考え事をしているシーンだったと思う。待ってる最中にいろんな幻想的な妖精がエドガーの周りを飛びまわっている。」

「ポーの一族 青のパンドラ」

次のページは「青のパンドラ」p34のエドガーとアランがすごく仲良くしている絵で、それも中心部だけトリミングされています。

萩尾先生の写真

本文の扉を開けると、萩尾先生のお写真があり、それが映されました。2019年『AERA』7月29日号の取材時の写真です。上記の写真の位置で顔を絵に向け、絵を描かれている写真です。萩尾先生「自分の自宅の机の前で絵を描いているところです。すごいごちゃごちゃしてるな。今度片付けるだろうと、延々そのまま。」

若い頃の写真をと言われて何枚か送った中の1枚だそうです。20代だそうです。内山先生「これが裏表紙に来たのをご覧になったとき、どんな感じでした?」萩尾先生「フランスのオタクは何を考えているのか‥」(会場爆笑)

「すてきな魔法」

萩尾先生「デビュー2作目の作品です。「すてきな魔法」という32ページくらいの作品で、講談社の『なかよし』の増刊号に載りました。まだ上京もしてなくて、ほとんど1人で描いていた作品です。某どこかのアメリカの中学校が高校の学校の校庭で、女の子が手品が得意なんだということでトランプの奇術をやっている。そのうち男の子と知り合って、その男の子も自分は魔法が使えるんだと言う。女の子は最初は馬鹿にしてるのだけど、その男の子の夢の世界に入っていって、仲良くなってしまうという、たわいない話です。わざわざ外国を舞台にしたかというと、芝生があってトランプを広げられるという環境は日本の学校にはないと。それでどこか知らないアメリカのっていうことに。19歳の頃だと思います。服のデザイン学校に通っていて本当は服を縫わなきゃいけないんだけど、マンガばっかり描いていた。せめて女の子にかわいい服を着せるっていうので、とりあえずかわいい服を着せた。靴もこれは私が当時持っていた唯一の靴じゃないかな。何か身近なものを応用して描いていました。」

「クールキャット」

萩尾先生「ある一家に猫が入り込んで、その猫に散々翻弄されるという話です。家の中でドタバタ騒ぎが起こるという話が好きで、この場合は猫と家族っていうパターンで書いたんですけど、これも外国の舞台です。私の初期の作品のほとんどが外国が舞台で、日本の家屋では猫が暴れられないから。外国の家家を使った物語になるんです。中学生の頃から、名犬ラッシー」とかアメリカのホームドラマっていうのよくやっていてた。外国の家のつくりにものすごく興味があった。たたきがあってドアがあって、2階に寝室があって、階段があって、一部屋一部屋ドアがついていて、大きな冷蔵庫がある。いちいち珍しいんですよ、何もかも。その珍しいものを描きたくて、こういう話をつくりました。これも上京前ですね。」

内山先生「私はこの漫画を初めて拝見したんですが、ちょっとここ(一番下の真ん中のコマのことかと)の目のところとか、ギャグっぽいというか少年漫画っぽい感じを受けたんですね。萩尾先生は「新選組」や手塚治虫先生とか、その頃少年漫画を読んでいらしたと言うので‥」萩尾先生「影響が出てます。ちょっと驚かれるんですけど、キャラクターは横山光輝先生と手塚治虫先生と矢代まさこさんのキャラクターをすごく真似したんです。水野英子先生とか、他の方も真似したんですが、特に横山光輝先生は1ページ開くと、横向きも右向きも左向きも正面も斜め向きも全部入ってるんですよね。わりと同じサイズで。すごく真似しやすかったんです。だからこの後遺症というか影響だと思うんです。」内山先生「人が何故そういう人になるか、先生の原点みたいなところで、最初の頃の影響ってやっぱりすごくあるんだろうなっていうのをこれを見て感じたので、聞かせていただきたかったんです。」

再び「すてきな魔法」

萩尾先生「ドラマづくりやコマわりは少年漫画から学んだんですけど、心象風景の出し方っていうのは、やはりわたなべまさこ先生、水野英子先生など女性漫画家の方から学びました。これは「すてきな魔法」の1シーンなんですが、夢の世界に入ってしまって歌ったり踊ったりしているというシーンですね。」内山先生「萩尾先生がご自分の画風が固まっていくまでのいろんなことが、このページの中に盛り込まれているような感じがしました。」

「爆発会社」

萩尾先生「爆発会社というギャグ漫画です。女の子が何とか自立して就職しようとするんだけど、どんな職業を選んでも、ことごとく会社が潰れたり、爆発が起こったりして、ダメになっていく。そばにいる男の人が邪魔をしてるらしいというので、追っかけていく話ですね。」

「ビアンカ」

萩尾先生「いとこのビアンカがちょっと事情があって、クララの家にやってきて、1人で森に遊びに行くんです。とっつきの悪い子でなかなか仲良くなれないけど、仲良くなりたくて追いかけて行ったら、こんなふうに服を脱いで1人で踊っている。彼女の世界を壊しちゃいけないっていうんで、声をかけないで帰ってきてしまうんでけど。森で踊っている子を見つけるという、妖精みたいなシーンを描きたくて、このお話を描いたんです。」

「セーラ・ヒルの聖夜」

萩尾先生「これは「セーラ・ヒルの聖夜」という作品の一シーンなんですが‥。別れ別れになった双子が、セーラ・ヒルという村で出会って兄弟であることを知るという、よくあるパターンの話なんですが、私、双子が好きだったので。この話を80枚で描いて編集部に送ったらボツになったんですね。まず話が長すぎるというのと、古いというのと、話がないと編集さんに厳しく指導を受けました。ところが、それから1年ぐらい経ったときに、小学館の編集さんに出会って見せたら、これも、ボツになった作品も買ってあげるよと。それで、めでたくその1年ぐらい後に小学館の雑誌に載ったんですね。ありがたかったです。だからどこかの編集部でつまらないからボツと言われても、どこかで救われるかもしれないから、諦めちゃいけない。最近、その編集さんが、この原稿はボツですっていう手紙が出てきたんですよ。非常に真っ当なことを言っておられます。」

「トーマの心臓」

内山先生「「トーマの心臓」からはキュレーターの人がこの3枚を選んだんですね。この辺はやっぱりもう東京にいらして。」萩尾先生「もう一軒家を買って、家のローンを払いながら、週刊連載をしていた頃ですね。」

「小夜の縫うゆかた」

萩尾先生「これは「小夜の縫うゆかた」という16枚の話なんですが、日本を舞台にしたお話です。浴衣を縫ってお母さんの思い出をたどるお話。」内山先生「先生は日本を舞台にしたお話って少ないですよね。」萩尾先生「少ないですね。ビジュアル的に見せるっていうのは、日本を舞台にしたときは苦手だったのです。でも、浴衣とか夏祭りというのは描いていて楽しいので。毎年浴衣を縫ったという少女とお母さんの思い出の話を描きました。」

内山先生「これは先生の作品の中では珍しい作品だなと思いました。着る物というところに先生はこだわっておられますよね。洋服だけでなく、和服もですね。」萩尾先生「最初ネームをつくったときには、ずっとお母さんにつくってもらっていたけれど、今年は宿題だし、ちゃんと自分で縫うわ、という話になったんですけれど。不思議なもので、原稿というのは生き物ですから、下絵を描いているうちに「あ、お母さん殺した方が面白い」と(笑)。」

「とってもしあわせモトちゃん」

萩尾先生「私にしては珍しく4コマギャグ漫画です。今は描いていませんが、当時は何年かずっと『週刊少女コミック』に連載していました。ずんぐりむっくりの森に住む怪物っていう設定なんですけど。当時は二色刷印刷というのが時々ありました。」

「赤ツ毛のいとこ」

萩尾先生「『月刊セブンティーン』で連載していた月4枚のコメディ学園もの。いとこ同士の2人の女の子とその子たちが通う学校の男子生徒の話。この3人がガールフレンドが欲しくて、いろいろアプローチをかけてくるというシンプルな学園ドラマなんですけれど。恋愛ものというのが私は本当に苦手で、いろいろ工夫したのだけれど、ただのドタバタギャグになってしまった‥。

この企画がきたときに、最初に編集さんに“女の学校”で学園寄宿舎ものを描きたいと言ってプロットを出したんですけれども、あまりに突飛すぎると却下されて、ごく普通のよく読者が読んでいるような日本の学園ものを舞台にしたものになりました。

“女の学校”というのはどういう話だったかというと、人里離れたところにある寄宿舎で、学校の校長先生が惨殺される。そのことがわかっていながら生徒中がそれを黙って隠しているという展開の話だったんです。それはボツになってしまったので、結局みんなどうなったんだろうなと思いながら終わってしまいました。描いていいと言われたら、その先を考えたんだけど。」

「ユニコーンの夢」

萩尾先生「SF・ファンタジーというか。地球がどこかの惑星と戦争しています。このギリシャ風のコスチュームは戦闘服なんですが、この少年が戦いに行って宇宙のどこかで死んでしまう。地球に残っていた少女はユニコーンの夢の力を借り、今際の際の少年に会いに行くという話です。」

内山先生「すごく多様な物語をたくさん表現されていらっしゃるんですけれども、描いてていくということは発想の引き出しとか、ストーリーの展開とかをたくさん持っていないと描けませんよね。こういうのを描いていた頃は、先生まだ二十代の前半の頃だと思うのですが、どういうところからご自分の中にためていかれていたのでしょうか?」

萩尾先生「小学校の頃から図書館に入りびたるというお癖があって。下校時間は5時なんですけど、まだ読み終わらない。そうしたら先生が鍵を貸してくれて、終わったら閉めてしめて帰ってねと。だからもう、土曜も日曜も学校にその鍵を持ってきて、好きなだけ本を読んでいました。家で読めばいいじゃないっていう話なのですが、母は教科書以外読むなっていう、教育ママだったので、学校だったらゆっくり読める。物語の世界は本当に好きで、なんでこんなに好きなんだろうと思うと、現実は窮屈で窮屈で、あんまりしんどかったんですね。子供はこうしなきゃいけない、学生はこうしなきゃいけない。もっと世界はこれで終わりなの?もっと違うとこあるんじゃないの?という感じで、どんどん読んで、自分でもそういった違う世界というものを描きたくなってしまった。それでこの漫画の世界に飛び込みました。だから漫画は私にとって世界を広げていく助けになったんです。もしこれがなかったら本当に窒息してしまいました。」

内山先生「逆に言えば、そうやってその教科書しか読んでいけないみたいなことを言われなかったとしたらですよ、何でも読めますって言ったら、先生どうでしたでしょうか?」
萩尾先生「やっぱり何でも読んでいたと思います。」
内山先生「今に帰っても読むことができたから、もしかすると物語が出てくるその引き出しも倍ぐらい増えたかもしれない。」
萩尾先生「いや、容量はあまりないから倍は無理ですけど。でも毎日読んでいたでしょうし、お母さんこんなの読んだのよ、とずっと説明することができたかもしれないですね。ずっと何を読んだかなんて、母には全然話しませんでしたから。」
内山先生「でもそういうたくさんの情報を、もう子供の頃から、どんどん頭の中に入れておられたっていうことですよね。」
萩尾先生「そうですね。子供は頭は柔らかいから、本当にいくらでもスポンジが水を吸うように、どんどん吸い込んでいきます。ここにおられるのもとても若い方だと思いますけど、本当に30、40になったら、吸い込もうとしても吸い込もうとしても、昔のようには吸い込めない。吸い込めますけれど、子供の頃の吸収力はすごいなと自分でも思います。」
内山先生「ここに来られた方々でもちょっと遅いかなと思われても、吸い込のは吸い込めってことですよね。」
萩尾先生「そうです。いつでも出来ます。」

「ポーの一族」

萩尾先生「これ、エドガーがドアをあけて入ってくるんですが、これは最初の雑誌発表の時にはなかったシーンですね。単行本になった時に1枚余ったからなんとかしてくれって言われて。これを描きましょうと。次のシーンはドアをバタンと閉めるシーンになっています。これはすごく短時間で描いた作品なんですけれど、アングレームの方がわざわざこれをおもしろがってもってこられたというのが、おもしろいなと。」

「11人いる!」

内山先生「「11人いる!」にはいろんなイラストがあると思いますが、この絵が選ばれたことに関しては、いかがですか?」萩尾先生「どうして(この絵)なのか向こうに聞いてないので、実際よくわからないんですよ。たまたまこの絵が気に入ったんだろうとか。」内山先生「この絵が選ばれて、えーみたいなことは先生は思われないですか?」萩尾先生「それはないです。」

「スターレッド」

萩尾先生「おもしろいことに、このシーンはアングレームの人が「背景の演出をどうするか」っていう解説として二つ並べて展示されているんですね。こちらはベタで、こちらはスクリーントーンで。デザインとして二つ並べて見せたような。」

「銀の三角」

内山先生「「銀の三角」のこのカットは先ほどの(表2)の大きなページになっています。これはちょっと意外な気がしたんですけれども。」萩尾先生「そうですね。それもやっぱり聞いてないけど、単に向こうでピンと来たとか、たまたまだったとか、なんかそういうのかもしれません。」内山先生「でも先生としてはいかがですか?」萩尾先生「いいと思います。というのは、小さなコマですけど左右に広がっていますので、オープニングの見開きに、このようにおくと、左から右に目がすーっと流れて行くので、おもしろいと思います。水平線か、地平線の流れにのって。」

「マージナル」

萩尾先生「2色カラーのページをもらったので、カラーのケント紙を買ってきて、地を全部オレンジにしようと思って描いた作品です。普通失敗すると上からホワイトで塗るんですけれど、これはこれはもう塗れない。だからベタを塗ってくれたアシスタントが「メチャクチャ緊張した」と言ってました。」内山先生「本当に一発勝負で。貴重なものですね。ちょっと珍しい色が入った原稿ですね。」

萩尾先生「まだデジタルとか全然知らない時代なので、このフラットが黄色いものっていうのは、色付きスクリーントーンですね。それを買ってきて貼りました。後ろののりがめちゃくちゃきつくて、1回貼ったら、移動させることが出来ない。原稿がバリバリと破れてしまう。この原稿では試さなかったんですけれど、どれぐらいの強さだろうと思って、他の画用紙に使ってみたらバリバリバリと。これは絶対失敗できない。怖かったです。」

図録の中のコーナー

窓があるシーン

「かたっぽのふるぐつ」「かわいそうなママ」「温室」
萩尾先生「これは窓があるシーンをキュレーターさんが集めたものです。おもしろいなと思いました。」

衣装のシーン

「小夜の縫うゆかた」「千本目のピン」「オーマイケセィラセラ」
萩尾先生「これは作者が衣装に興味があるということで集められたコーナーです。」

光と影のシーン

「6月の声」「モザイク・ラセン」「エッグ・スタンド」
萩尾先生「これはベタとトーンのシーンを集めたのではないかと思います」

先生の若い頃の写真

萩尾先生「23~24歳くらいの、実家に一度帰ったときのものかと。お正月か何かだと思います」

再びアングレームの写真

兜型のパビリオンの写真
萩尾先生「日本の兜をデザインした建物で、いろんなものが展示されていたり、いろんなものが売っていたりしています。一つ一つの会場は小さいのですが、その分、凝縮されている。どの展示会場もおもしろいです。

●バスの写真
ネットに見当たりませんでしたが、こういう感じでぐるっと回るバスがあるようです
萩尾先生「アングレーム国際漫画祭の最中に走っている観光バスです。無料です。これで街の中を好きに移動することができます。」

●ポストカード
これもネットに見当たりませんでした。萩尾先生「街の人は漫画にもまれたい一週間らしいです。アングレームは今年51周年だったのですが、51年分どんな漫画をここで紹介したかというもので、たくさんの作品がここにあります。ここにくれば漫画に満たされるよという。普段は静かな街で、お祭りの間だけ人がわっと集まるので、それも集中しておもしろいです。これはアングレームでどんな催しが行われるかというプログラムの表紙になっている。広げると3日間のうちどの会場で何が行われているか書いてあります。」
このプログラムの表紙だと思います。

●先生がもってきた写真
建物の壁にいろいろな漫画が描かれています。→こんな感じの写真でした
萩尾先生「壁に自転車が置いてあったり、いろんな漫画の絵が描いてあったり、本当に漫画と一緒に暮らすのをとても楽しんでいる人たちなんだなと思いました。」

この後、原画展の会場内の動画を見せてくれました。

萩尾先生「窓、衣装、光と影などカテゴリごとに分かれています。すごくステキでした。木枠で全部原稿を飾ってあって、雰囲気作りにとても力を注いでいます。窓枠のデザインを集めたコーナーがあって、作者が窓枠にこだわっているのを察してくれるんだなと思いました。半年くらい前にこういう原稿が欲しいという連絡がきて、用意して貸し出して、という流れです。」

授賞式のときの動画も見せてくれました。先生のご挨拶のシーン。これはなかなか見られないです。

このあたりですでに時間オーバーになっていましたので終了。後半はとても駆け足になってしまったので、いつかまた第2弾をというお話になりましたが、やっていただけるでしょうか?

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