2024年9月28日、萩尾望都先生のトークイベントが豊島区庁舎1階にある、としまセンタースクエアで開かれましたので行ってきました。
タイトル:萩尾望都先生トークイベント「素晴らしきマンガの世界」
会期:2024年9月28日(土)13:30開場、14:00開演、15:00終演
開場:としまセンタースクエア(東京都豊島区南池袋2-45-1)
主催:東京都書店商業組合豊島支部
共催:豊島区
今日のイベントは東京都書店商業組合豊島支部主催です。そのため「豊島区」と「本」がいつもと違うキーワードです。作品のお話は主に「ポーの一族」です。200名の募集のところ、250名くらいの観客がいましたが、応募は1000人以上だったそうです。
萩尾先生と豊島区
萩尾先生と豊島区のご縁について。西武線を使っているので、沿線の駅周辺のお店に行く。東京芸術劇場(※池袋にある)の監督に野田秀樹が就任(※平成21年)してから野田さんの新作は必ずあそこでやるのでよく観劇に行く。池袋にはあうるすぽっとという劇場もあるし、映画館や本屋さんによく行く。昔の池袋には駅前に文芸座があってオールナイトなどよく観に行った。1970年代のこと。
あうるすぽっとの入っているライズアリーナビルは会場のとしまセンタースクエアから地下でつながっていますが、その4Fにある豊島区中央図書館で今回の講演を記念して直筆の色紙を寄贈されているとのこと。講演終了後、早速行ってみました。「訪問者」の頃のオスカー・ライザーでカラーペンも入っています。とてもかわいいです。ちょっと巻き毛がエドガーっぽいです。撮影は禁止でした。向こう一ヶ月くらいだから10月いっぱいくらい展示されているそうです。
「ポーの一族」の連載当初の話
1972年に『別冊少女コミック』で連載開始。連載に至った経緯は‥。
担当編集者の山本順也さんに吸血鬼の話で3部構成で、1話につき100枚だから300枚やりたい。1度に100枚は無理だから30ページずつくらい3回にわけてやりたいと企画を持って行ったけれど「まだ早すぎるよ」と返された。次に読み切りの話がきたときに、じゃあ番外編から始めようかと16枚で「すきとおった銀の髪」を描いた。それから続けて「ポーの村」「グレンスミスの日記」と描いたのでさすがにバレて、「そんなに描きたいんだったら話聞くからもう1回もってきな?」と言ってくれて、ありがたいことに「わかった」と言われて、連載が始まった。
始まったのはいいけれど、すごい評判が悪かった。小学館でマンガの単行本を出すことになったときに担当者が「ポーの一族」で3冊分くらいあるから、毎月1冊ずつ出して行けば読者が馴染みやすいのではないか、と。1冊3万部出すと。「売れなかったらどうしましょうか?」「印税現物支給するから池袋の地下街で叩き売れ!」と言われました。年末の池袋の地下街で買ってくださいってやらなきゃ‥と思っていたら1巻発売したら3日で売り切れたので、編集も私もびっくりしました。
この“池袋の地下街でお前が売ってこい”話も定番ですが‥私は個人的にはこの時小学館初の少女マンガの単行本を「ポーの一族」で押し切ったのは山本順也さんのお手柄だと思うんですよね。もっと人気のある作品はあったのに、雑誌の連載ではなく単行本を出すなら、こういうちょっと難しい作品の方がいいと社内で主張されたのではないかと想像しています。
ちょうどその頃(※「ポーの一族」1巻の発売は1974年6月)「トーマの心臓」の連載をしていた(※「トーマの心臓」は1974年5月5日号~連載開始)。「トーマの心臓」も評判悪く、アンケートではいつも最下位。「いつやめるんだよ?」と編集に言われ(※この時は順也さんではありません)「始まったばっかりなんですけど」と頭下げながら連載していたけれど、単行本が売れたのでちょっと風向きが変わった。「じゃあ「トーマの心臓」やめて「ポーの一族」にしよう!」と言われて「「トーマの心臓」が終わったら必ず「ポーの一族」を描きますから「トーマの心臓」を終わりまで描かせてください」と。マンガ家は編集者との戦い。わかりのいい編集さんがいてくれると描く場がある。
「暗い話だけど売れるみたいね?」と言われるようになり、風向きが変わった。私のマンガ家生命を長引かせてくれたのは当時買って下さった皆さんのおかげ。感謝します。
「小鳥の巣」と「エヴァンズの遺書」(※投影された年表には「エヴァンスの遺言」とありましたが、間違いです)の間に「トーマの心臓」の連載をしているという忙しい時期でしたが若かったから出来た。皆さんも若いうちに仕事してください。
昔から男性の方でファンだという方もいたけれど、時々男性の方が「萩尾さんの描いているものは少女マンガではない」というのだけど、私は少女マンガ家です。彼らが考える少女マンガはもっとフェミニンでかわいらしいものだから、少女マンガじゃないと思ったらしい。でも少女はフェミニンでかわいらしいものだけじゃない。むしろ少女マンガにもこんな暗くて重いものもあると自らの見識を広めて欲しいと思った。
司会の方が最初に萩尾先生を見たのは、NHKの番組で大塚寧々さんと対談している番組(※1994年12月3日放送の「ソリトン 金の斧銀の斧」)。番組の最初の部分で大塚寧々さんが「トーマの心臓」の冒頭の詩を朗読する。それを見て衝撃を受けて、次の日に先生の作品を買いに行った。「萩尾望都作品集」の1巻だけあった。それを見たらいきなり「ルルとミミ」。あまりにも作風が違い過ぎて、ここから「トーマの心臓」に至るにはどういういきさつがあったのか。当時描かれた作品でいまだもって発表されなかった作品はありますか?との質問。
「ルルとミミ」で講談社でデビューして4~5作描いた(※すてきな魔法/クールキャット/爆発会社/ケーキケーキケーキ/ジェニファの恋のお相手は/かたっぽのふるぐつ)。編集にネームや下書きをたくさん送ったけど、『なかよし』向きじゃないからと大半ボツになった。
原稿を抱えて困っていたら、小学館の山本順也さんが見せてみろというので送ったら「全部買ってやるよ」と。「かわいそうなママ」「セーラ・ヒルの聖夜」「白き森白き少年の笛」など全部買ってもらって段々に雑誌に発表してもらった。
確かに「かわいそうなママ」は10歳くらいの男の子が窓から突き落としてお母さんを殺してしまうお話。後で考えると『なかよし』向きじゃない。それを母の日の特集号に入れたのは読者もビックリしたかも。
「ポーの一族」連載再開のときのお話
「ポーの一族」は終了したときの読者の反応は?「続きを描いてくれ」と言われたけれど、二人とも殺しちゃったからどうしようと(※先生、エドガーはあれで死なせたおつもりだったんですね!?)。火の中にアランが落ちちゃったし、エドガーは追っかけて行くだろうし。これは続きは描けないだろうなと。
夢枕獏さんが会う度に「「ポーの一族」の続き描かないの?僕読みたいなぁ」と言う。段々プレッシャーになってしまい「そのうち番外編か何かを描くかも」と言うと「じゃあ僕待ってます!」と言われて、待ってますと言われるとますますプレッシャーになった。
『フラワーズ』の創刊15周年の記念号で何か描いてみませんか?と言われたのでじゃあ「ポーの一族」の番外編をと。第二次世界大戦中にエドガーとアランは戦火を逃れて田舎に行ってのんびりしているのではないかと思ってネームをつくっていた。するとドイツからの難民のブランカという女の子が現れた。彼女の過去とエドガーたちが出会って広がって行った。16ページ→24ページ→31ページと増やして行ってもらって、しまいには「春の夢 第一話でお願いします」と。
なぜそんなに広がってしまったかというと、エドガーとアランがいるドアを開けてみたら、二人ともちょこんとそこに座っていて、「僕たちずっとここにいたからね?」と言って二人でおしゃべりを始めた。こんなことがあった、あんなことがあったと。君たち、ずっとここにいてくれたんだ。大きくなって‥いや、大きくなってない。あの子たちを放っておいたことで身につまされてしまい、描けるものを全部描こうと思って、連載が始まりました。
新しい「ポーの一族」はいろんな人たちの過去を追う作品になっていて、楽しんで描いている。目と手が段々不自由になってきていますので、休み休み描いています。すみません。
司会の方に「エドガーにユーモアが出てきた」と言われて、先生が喜んでいます。「昔からギャグ漫画好きなんだけど、自分ではギャグとか言えなくて、言えるのは親父ギャグぐらいなんですが、やめてと言われてしまう。」
「秘密の花園」のアーサー・クエントン卿は第一部に出てきたときは「ランプトンは語る」でエドガーの絵を描いた人物だったけれど、第二部を考えるにあたって、アーサー卿の扉を開けてみたら、やっぱりいろいろ喋り始めた。
先生のマンガの描き方
クロッキー帳にお話をずっと描いている。例えば、エドガーとアランが喋る台詞をずっと描いている。描いても描いても終わらない。そのうちに、この辺でまとめてみようかなとコマ割をしてく。そこにラフな下絵を描いてセリフを入れる。それから本番の原稿にうつして鉛筆で下書きをして、下書きが終わったらペンを入れる。これは私のやり方でいきなり原稿に下絵を入れず描く方もいる。
苦労話としては、たいていページが足りなくなってしまう。読み切り50枚と言われても、ネームを描いてると70~80になってしまう。前後編にしてくれるときもあるが、これ以上増やせないと言われてしまったら、80枚になってしまったネームを何とか50枚に納めなければならない。構成の工夫、コマを小さくし、セリフを半分にし、最後には何とかまとまる。
キャラクラターは頭の中にいて、この辺で喋ってるので、コマを割ってキャラクターを描いて展開していく。目線の動かし方というのがあって、うまく読者の目線を最後まで引っ張っていき次のページにもっていくのがおもしろい。
先生のお勧め作品のコーナー
最近読んでおもしろかったもの、というお題で先生が次々とマンガや小説を紹介してくれます。以下、画像は掲示されているわけではなく、先生が本を見せてくれています。
東村アキコさんの「銀太郎さんお頼み申す」(『ココハナ』連載中)
初回からすごくおもしろい。さとりちゃんという現代のギャルが(※先生‥若い女性ですが、さとりちゃんはギャルではないと思います‥)着物美人の銀太郎さんと出会って、こんな素敵な大人になりたいわと着物の世界にはまってしまっていくお話です。友達にも勧めています。
よしながふみさんの「環と周」
読み切りの短編が何本か入っている。いつも名前が“環”と“周”。男と女だったり、女と女だったり男と男だったりするけれど、いつも“環”と“周”。時代も現代だったり江戸時代だったり終戦直後の日本だったり、キャラクターは変わっていくんだけどとてもおもしろい。特に終戦直後の復員兵と上官のお話(第4話)ではすごく身につまされた。上官が民謡が好きで「貝殻節」を歌う。「貝殻節」は元気な歌なんだけど、それを聞いて復員兵が思い出して泣く。寝る前に必ず1回は読むくらいハマっていた。
ヤマザキマリさんの「続テルマエ・ロマエ」(『少年ジャンプ+』連載中)
新しい「テルマエ・ロマエ」です。平たい民族の日本とローマを行き来していたルシウスが何十年か経って老人になっている。老人になっているけどやっぱり温泉のことを考えて温泉をつくっている。この中にかわいいロバがいる。美女がお風呂に使うため、お乳を無理矢理搾り取られていてつらい。それで逃げ出してきたロバの悲しい顔。何も言わないでルシウスを見つめる、この表情がまたよくて。これも寝る前に1回読んでいます。年をとったルシウスもなかなかイケるじゃん、という感じ。
(※先生‥全部集英社の本‥しかも上2作は『フラワーズ』のライバル誌‥)
先生の本棚コーナー
今回の講演会に合わせて先生のご自宅の本棚を写真に撮ってきて下さり、それがスライドに投影されました。その本棚の中にある本を司会の方がピックアップ。
野原広子さんの「妻が口をきいてくれません」
手塚治虫文化賞「短編賞」受賞している本でめちゃめちゃおもしろいです。何度も読んだ。なんか妻が怒っているけれど、夫は思い当たらない。口をきいてくれない。1ヶ月経ってもきいてくれない。2ヶ月経っても口をきいてくれない。お弁当はつくってくれる。‥1年経っても口をきいてくれない。何年も経つんです。よくこういうテーマで描いたなぁっていうおもしろい話。でも最後はハッピーエンドなので安心して読んでください。
「99%離婚 モラハラ夫は変わるのか」
絵が龍たまこさん、原作が中川瑛さん。モラハラは変わるのか?妻に威張ってモラハラしているけれど夫は自覚がない。妻はつらい、というギャップを描いた話。このテーマでよく描いたなぁという、おもしろい作品です。
今回膨大な本棚の本の中から司会の方がピックアップしたのがこの2冊で、先生がもってこられたのもこの2冊。まったく打ち合わせをしないでお持ちいただいたのでビックリしたとのこと。
先生の家に本は何冊くらいあるのか?→6畳ちょっとの図書室があって、それ以外にも本棚があちこちにあるのでよくわからない。
岡野玲子さんの「陰陽師」
(※本棚にずらっと並んでいました)これもおもしろかった。絵も素晴らしくて、毎回毎回ドキドキしながら読んだ。
小説の文庫棚→一人の作家がおもしろかったら、他にどんなものを書いているんだろうと思って全部読む癖がある。
資料の本棚にはダンスの本や衣装の本がある→民族衣装の本はとても楽しい。「マージナル」を描くときにずいぶん参考にした。
クロッキーブックは素晴らしい財産ですね→財産になるとは思わなかった。捨てるのももったいないので保管していたら『芸術新潮』の田中さんという編集さんがうちのアシちゃんと何か企んで、クロッキーブックで本をつくりたいと。恥ずかしいけれど、ハッと気付いたら自分も70を超えているから、まぁ生き恥さらしてもいいかと。皆さんのお役に立てれば、どうぞおもしろがってください。
クロッキーブックの本は来年の夏ぐらいに出る予定?→今回の『芸術新潮』は抜粋で、来年のどこかで本になると思うけどまだちゃんと聞いていない。全部クロッキーブックをお渡ししてからも、家のあちこちからクロッキーブックが見つかっている。追加しなくては。
(※突然話が変わります)
「トーマの心臓」の扉を読者プレゼントにした話。その頃は単行本をつくるというシステムがあまりなかったから、扉はいらないだろうと。「トーマの心臓」はアンケート最下位だったから、何とか読者の人気をとろうとした。金沢にいる坂田靖子さんがカラー(2色)の表紙になったときに、絶対欲しいと絵付きで100枚応募してきた。抽選は毎回編集部に行って、応募されてきたはがきの中から1枚抜いていた。そのときは坂田さんのはがきが全体の半分を占めている。でも編集のアルバイトの人が「1人につき1枚です」と言い張り、何度も「100枚全部混ぜてその中から選びましょう」と言ったら「ダメです!」と。私も押しが弱いので。ゴメンね坂田さん‥坂田さんは外れてしまいました。
最近おもしろかった本に話が戻る
ケン・フォレット「光の鎧」
ケン・フォレットは英国の歴史シリーズを書いている人で他にもいろいろある。この人の作品はすごくドラマチック。産業革命の頃のキングスブリッジの話。キャラクターがすごくおもしろい。
アッティカ・ロック 「ブルーバード、ブルーバード」
ミステリ小説。アメリカの南部の黒人の家族の話。ちょっと重そうだな、読めるかなと思ったら、一気に読んでしまった。
恩田陸さんの「spring」
バレエや舞台が好きな人がこの作品を読むと、とても幸福になれる。恩田さんが考える理想のバレエダンサーたちが理想の舞台をつくっていく。きれいな音楽と振り付けとライバルとか友達とか‥楽しいです。
多田富雄「免疫の意味論」
昔読んだけれど、最近また読み返したくなった。卵の中で受精卵が胚をつくる。鶏の胚とウズラの胚をある発達段階で交換する。鶏の身体にウズラの胚をのっける。そうすると頭はウズラで身体は鶏という雛が生まれる。上は茶色い。ところがキメラなので、段々弱って10日ほどで死んでしまう。そこが免疫のおもしろいところで、ウズラの胸腺の細胞を付け加えると、ずっとそのまま育っていく。命はいったいどこにあるのか?という話がすごくおもしろく書いてある。(参考:書評)
ハン・ガン「菜食主義者」
ハン・ガンという韓国の作家さんの「菜食主義者」。アジア人では初めてブッカー賞を受賞した。ブッカー賞で調べたらこの本があったので、アジア人は珍しいなと思い読んでみた。ブッカー賞はカズオ・イシグロが「日の名残り」で受賞してる。めちゃくちゃおもしろくて、ちょっとハマってしまった。ちょっと昔だが光州事件を描いた「少年が来る」という作品もおもしろい。この人は大島弓子と吉本ばななとヴィクトル・ユゴーを三つ合わせて割ったような。哲学的な癒やしの話を書いている。ドーンとくる。
チョン・ジア「父の革命日誌」
同じ韓国の作家でもっとポップな赤塚不二夫的なタイプ。お父さんが亡くなってその葬式に悲喜こもごも集まってくる親戚や知り合いの話を書いている。悲劇なんだけどクスクスが止まらないようなパンチのある作品。
ジャンケン大会
萩尾先生からサイン入りの『芸術新潮』3冊がプレゼントされるジャンケン大会が開かれました。最初は萩尾先生とジャンケンして勝った人だけ残る(あいこはダメ)方式でやったら1人しか残らず、もう一度やり直して今度は萩尾先生に負けた人が残る方式でやったらちょうど2名残りました。お三方とも強運の持ち主でした。壇上で先生から直接『芸術新潮』を受け取られていました。その後、先生は花束をもらって壇上から去られました。
私は、講演の後、最初の方で書きましたが、オスカーの色紙を見に豊島区中央図書館に移動しました。すると講演会に参加された皆さんが次々やっていらっしゃいましたね。
萩尾先生は本当にいろいろな本を読まれているなぁと思いました。本のお話がたくさん聞けました。