漫画家協会チャンネル 萩尾望都先生インタビュー#2 書き起こし

日本漫画家協会が運営するYouTubeの番組「漫画家協会チャンネル」に萩尾先生が登場されましたので、そのインタビューを書き起こしました。(敬称略)

公益社団法人日本漫画家協会チャンネル
萩尾望都先生インタビュー
第2回:2023年4月14日アップ

萩尾望都/特別対談ゲスト:きたがわ翔/司会進行:森川ジョージ

オープニング

森川:後半入ります。レジェンドかく語りきというコーナーなんですけども。萩尾望都先生の半生について聞いていきたいんですけど。いつもは僕が聞くんですが、ここはきたがわ翔先生に聞いていただきたいと思います。単純にこのきたがわ翔先生は萩尾さんの大ファンでありまして。ものすごい熱が入る対談になると思うんで、僕が聞きたくて(笑)お呼びしたという。きたがわ翔先生は代表作が「19〈NINETEEN〉」や「ホットマン」ですよね。
きたがわ:そうですね。
森川:まぁたくさんあるんですけど、その中で代表作といったらこれだときたがわ翔先生が言ったので、これを挙げました。では、そのきたがわ翔先生が思いの丈をぶつけるというこの対談、萩尾望都、きたがわ対談、よろしくお願いします。

手塚治虫先生の作品から受けた衝撃

きたがわ:はい、もう本当…ちょっとね…言葉にならないんですけど。まずは本当、萩尾先生が漫画家という仕事をね選んでいただいたっていうことが、もう僕らとしては本当に何て言うのかな“感謝”というかね。萩尾先生ぐらい画力や文章力がある方だったら多分絵の方や小説の方でも全然トップに行ける方だと思ってるので。漫画って、だってその萩尾先生が描かれた当時っていうのは、ちょっとそういうものよりも低く見られてたじゃないですか。それを萩尾先生が出てきて一気にレベル上げていただいて。どれだけ後に続く漫画家たちが心強かったかっていうのがあるので。まずは本当にそれをなんか言いたいっていうのがあって。
萩尾:恥ずかしい。すごい恐縮です。
きたがわ:いえいえ、とんでもないです本当に。萩尾先生っていろんなところで手塚治虫先生の「新撰組」(編集注:手塚先生の表記は「新選組」ですが、当動画内では「撰」の字で表記統一いたします)の影響を受けて、漫画を描き始めたっていうふうに聞いたんですけれども。手塚先生って数あるいろんな作品があると思うんですけど「新撰組」のどういうところに萩尾先生って一番やられたのかなっていうのを伺いたいんですけど。
萩尾:一番やられたのは、主人公の感情にその時なぜかものすごく共鳴しちゃったんですね。高校2年生の終わりぐらいで、なんか自分でも将来どうしようかな。漫画はすごく好きで描いたりしていたけれど、まさかプロになれないだろうなぐらいに、うろうろしてたところにその「新選組」の単行本を手に入れて読んで。主人公の丘(きゅう)ちゃんの心情にものすごくフィットしてまって。この人なんて運命を抱えてるんだろう?こんなに大親友だったのに殺しに行かなきゃいけないなんて。殺したくないけど新選組に自分が拾われた以上、そちらへの恩義もあるっていう引き裂かれるような心境っていうのにね、なんか共感してしまってね。
きたがわ:「新撰組」は改めて読み返したんですけど、結構すごく今風の言葉で言うと“エモい”ですよね、二人の関係。ちょっとこう言い方失礼かもしれないけど、BLっぽいなって思っちゃってる。
萩尾:中島梓さんだったかな?「手塚漫画で一番好きなのは「新撰組」だ」っておっしゃってたっていうんですけど、彼女は多分BLっぽいところに惹かれたのかもしれませんね。でも手塚先生の漫画って、ちょっと男の友情とか男の愛情とか、妙に“その匂い”のするものってありますよね。そこちょっと色っぽくていいな。
きたがわ:主人公がちょっとやんちゃで、もう片方の男の子がクールな感じ。例えば後々でいうと「巨人の星」の花形満の関係とかにも近いというか、そういう雰囲気がすごいあるなと。
萩尾:ビジュアルで見るからね、またねクルっとしたお目目と、ちょっと鋭いお目目と、パチパチと絡んだりして面白いです。

初めての投稿と当時の漫画の勉強のお話

きたがわ:萩尾先生は漫画家を目指した時に、当時貸本とか全盛だったと思うんですけど、貸本とかには投稿されたご経験はあるんですか?
萩尾:貸本の最後にね「投稿原稿募集してる」ってあるんですよ。それでやっぱり漫画の友達と「なんか描いてみようよ」って言ってね、描いたんですけどね。裏表に描いちゃいけないってことを知らなくてね。
森川:裏表(に描いちゃう人)結構いるんですよね。ちば(てつや)さんも青いインクで。青いインクご法度じゃないですか。青いインクで裏表に描いたって言ってましたよ。
きたがわ:僕らの世代になると、結構、漫画の描き方の本がかなり出てたから多少はわかったんですけど。やっぱ萩尾先生の時代とかってそういう情報を集めるのも相当大変だったんじゃないかと。
萩尾:だからね、石ノ森章太郎先生が描いた「マンガ家入門」あれすごい勉強になりましたね。あとやっぱしネットワークもそんなにないんで。どこどこの学校に漫画描いてる人がいるよとか、どこそこのクラスの子は漫画の原画を持ってるよ、なんて聞くと、出かけて行って「ちょっと見せて」。それはね、劇画のね、こんな小さな一コマなんですよ。でも、ちゃんとペンで描いてあるの。なんかいらない端っこもらったんですよ。「これが、プロの原画。」なんかそういう時代だった。今は原画は展示会もあるし、それからコミケにも上手い人がいっぱい出しているし。もっと近いものになった。だからちょっと昔のあっちに走ったり、こっちに走ったりして、宝探ししたようなことも面白かったです。

昔の原稿の扱い方のお話

きたがわ:でも昔は、雑誌の横に先生の住所とか書かれていて。そこに押しかけたりとかできたっていう、今じゃ考えられないようなことがあったので。そういうとこまで行って原稿見してもらうってことはできたんですかね?
森川:それね、ちばさんに聞いたことがあるんですよ。昔はファンが来ちゃうらしいんですね。結構とんでもない遠くから来たらしくて。「え、来てくれたの?ありがとう。じゃあどこが欲しい?」って言って原稿を切り抜いて。
きたがわ:そう、原稿切り抜いてあげてたって聞いて。
森川:ちばさんの原画展でスカスカなところがあるんだよね。抜けてるところがあって。それトレペとか当てはめて原画展で飾ってるやつとかあって。「これどうしたんですか?」って聞いたら「あげちゃった」って。まさしく今萩尾さんが言ったことですよね。
萩尾:すごい伝説ですね。え、じゃあ私あのコマ欲しいわ(笑)
きたがわ:やっぱり昔は漫画の原稿っていうものが印刷の版下ってぐらいの感覚だったんですよね。だから僕も本当、萩尾先生の原画展見て、いろんなとこにテープがペタペタ貼られてて本当にショックだったんですよね。それが変色しちゃってて茶色くなってて。なんてことするんだって思ったんですけど。
萩尾:テープでも付箋でも原稿に直貼りして、ベタベタしています。
きたがわ:いや、でも本当、エドガーの顔とかに貼られてたりとかするのもあるんですよ。だからショックで…。
萩尾:すみません…しかも後で茶色くなるとは思わないから。
きたがわ:そうなんですよ。
萩尾:アナログ時代の懐かしい話(笑)。

未返却や紛失された原稿はありますか?

きたがわ:萩尾先生はやっぱりその初期に投稿された『別マ(別冊マーガレット)』の原稿とかを返却していただいてないんですか?
萩尾:投稿作品は講談社以外は全部返却してもらいました。
きたがわ:あ、そうなんですか。
萩尾:でも、プロの方、水野英子先生なんかに聞くと、返ってこない原稿が結構あったって聞きますね。私は逆にあの、プロになってから行方不明になった原稿…
きたがわ:「あそび玉」だ!
萩尾:「あそび玉」ですね。
きたがわ:「あそび玉」の原稿はじゃあいまだに返ってきてないんですか?
萩尾:コピーをもらいました。
きたがわ:コピーですか。
萩尾:漫画のゲラから起こしたコピーなので、すごく線がガタガタしてるのを「再録して使うので」って言って。もう1回枠戦を描き直して。いろんなところに飛んでるシミをホワイトでアシちゃんと一緒にペタペタと塗って。「やっぱりゲラはゲラだね」とか言いながら。
きたがわ:そってどこの出版社ですか?
萩尾:なくしたのは小学館。再録はどこだったかな(※注:東京三世社「少年/少女SFマンガ競作大全集5」です)
きたがわ:「あそび玉」の原画出てきたら大変なことになりますよ、本当に。
萩尾:どっかに埋もれて地層になってるか。誰かが持っててくださいるなら本当にありがたいけど。

影響を受けた作家の方々

きたがわ:萩尾先生のデビュー当時の絵柄って、ちょっと矢代まさこさんの雰囲気があるのかなってなんか思って。
萩尾:はい、私、矢代まさこさんものすごい好きで。矢代さんだけずっと追っかけていたんですよ、高校時代。
きたがわ:「ようこシリーズ」とかですかね。
萩尾:そうです、そうです。でもあれね、全部は読んでないんですよね…。でも90%くらい読んだと思う。
きたがわ:矢代まさこさんの絵柄って、そんなに当時からいわゆる少女漫画っぽくないというか。どちらかって言ったらこう男の子でも読める中性的な感じが。
萩尾:あんまり、まつ毛もなかったし(笑)
きたがわ:そうですね。僕もすごい好きだったんですけど。樹村みのり先生とか矢代まさこ先生は、少女漫画描かれてらっしゃったけど、男の子でも読みやすいタッチの絵だなって、当時からも。

閑話休題

森川:よろしいですか?このきたがわ翔という男は「山田玲司のヤングサンデー」という番組があるんですけど、ニコニコ生放送の。YouTubeにも上がってるんですけど。そこで「れいとしょう」っていうきたがわ翔と山田玲司で漫画を語るっていうコーナーがありまして。萩尾さんについてきたがわ翔がほぼ3時間語ってるんですね。ずっーと「萩尾望都はこれほど素晴らしい」と語ってるんです。
萩尾:私、手塚さんに関してならそれぐらいしゃべれます。
森川:YouTubeが今見てくれてる方もわかってないと思うんですけど、きたがわ翔君は今回萩尾さんと初対面なんですよね。
きたがわ:そうですね。
森川:話すの初めてなんで、今まできたがわ君が積み上げてきた歴史の勉強の答え合わせをしています、今。皆さん。
きたがわ:本人しか聞けないので。
森川:本人と話して答え合わせをしている。そういう状態です。
きたがわ:すいません、なんか内容がすごくマニアックになってしまって。

雑誌のターゲット年齢とのすり合わせについて

きたがわ:萩尾先生の漫画でやっぱり初期の「ビアンカ」とかとっても大好きなんですけど。「ビアンカ」のネームとかっていうのは編集さんに見せたりしたんですか?
萩尾:はい、見せました。
きたがわ:でもあれで大丈夫だったんですね?
萩尾:そうです、あれで大丈夫だったので。『なかよし』でデビューしたんですけどあれは『フレンド』かなんか系の本だったのかな?(※注:『週刊少女フレンド』1970年7月7日増刊号)。だからちょっと年齢が上がるっていうので、これで大丈夫かなと。なんかとにかく講談社ではたくさんボツになったっていう記憶が。良かった「ビアンカ」OKになって。
きたがわ:いや、でもやっぱり、萩尾先生の漫画ちょっと大人っぽくてハイブロウ過ぎるんで『なかよし』には絶対合わないって思うんですよ。
萩尾:そこら辺のことがまだよくわかんなくて。例えば中学校の時に石ノ森章太郎先生の「きりとばらとほしと」とか「きのうはもうこない だがあすもまた」とか、すごくムードのある素敵な話なんか読んでいたから。私が読めるんだから他の人にこれぐらい読めるんじゃないかと。こういうのを描いて大丈夫だろうと思って持って行ったら、ことごとく編集さんから「『なかよし』の読者向けじゃないですね」ってボツになって。

「山へ行く」とカフカの「城」に通じるもの

きたがわ:やっぱりちょっとこの岡田史子先生の、あの感覚的な雰囲気が少しやっぱ萩尾先生初期入ってたのかなと思って。
萩尾:岡田さんもすごい好きですね。入ってるかもしれません。
きたがわ:岡田先生の「ガラス玉」のあとがきを萩尾先生が書いてらっしゃるじゃないですか。あれですごく面白かったのが。
萩尾:はい。よくご存知で(笑)。
きたがわ:岡田さんが当時カフカの「城」を読んでて、それがなんか萩尾先生が「城」を読んだら、なんだか意味がわからなくてついていけなかったけどみたいな話があって。でもなんか後々萩尾先生の「山へ行く」も読んだらすごいカフカの「城」ぽくって。
萩尾:カフカの「城」ってのは、後で思い出すと、行こうとしていけない、行こうとしていけないって、あのバージョンは人生のいろんなところに当てはまるなと思って。一応あれは「山へ行く」だったけど、このバージョンで「海に行く」とか「北海道に行く」とか「沖縄に行く」とか何でもできるんだってちょっと思って(笑)
きたがわ:「山へ行く」を読んだ時に、あのあとがきを僕すぐ思い出しちゃったんですよね。

#3に続く

タイトルとURLをコピーしました